


ボジョレーでの500年間の歴史
1482年11月24日、ルイ11世に代わり、ボジョレーの代官の決定で、法律博士ジェオン ガスパー
立会いのもと、ボジューの有産者であった、バーテルミ ヴァーナーがランティニエ教区にある
ブリーのブドウ園を獲得する。
1521年2月26日、ルイ1世の娘で、ボジュー公爵の妻であった、アンヌ ド ボジューに代わり、
バロニー ド ボジューの決定で、弁護士アントワンヌ ボネ立会いのもと、ピエール ヴァーナーが、
ランティニエ教区にあるスゾンのブドウ園を獲得。
その後、バーテルミーと共にシャソントゥールのブドウ園獲得も成功する。
1550年頃、ブリーの名がバスティーに変わる。
1670年、ボジューの市会議員であった、ジョン ヴァーナーがモンテニエ領を獲得。
1762年、フランス通貨局の商議員であった、フランシス ヴァナー ド ブリーはシャソントゥールと
ポワント デュ ジューのブドウ園を合併した。彼の紋章には"Sans Tromperie"(偽りのない)と記載されている。
1867年、アレシイ ヴァーナー ド ブリーがパリ万国博覧会で銀メダルを獲得。
そして現在、17代目を迎えた、ドメーヌ デュ バスティーの歴史は途切れることなく続いている。


